首の矯正時の血流と副作用
2017年1月初出の記事のリメークです。カイロプラクティックの首のポキッといわせる矯正の安全性についてのシリーズ第10弾になります。
前回の記事では、首の矯正が首の動脈組織の損傷に繋がらないとう研究論文を多数ご紹介しました。それでは、今回は血管に流れる血の状態はどうなのか?頚椎矯正後に見られる違和感との関連性はあるのか?という事をテーマにお伝えします。
【超音波ドップラー検査による頚椎回旋に関連する椎骨動脈の血流変化の追跡;手技療法も包括】
【Doppler insonation of vertebral artery blood flow changes associated with cervical spine rotation: Implications for manual therapists.】
著者;Mitchell J Physiother Theory Pract. 2007 Nov-Dec;23(6):303-13. 【概要】 この文献レビューの目的は、第一に頸椎回旋に伴う椎骨脳底動脈の虚血/機能不全(VBI)の兆候や、症状の有無に関するものであり、椎骨動脈の血流の現在の根拠を評価することである。第二に、マニュアル・セラピストを手助けするために、矯正する前段階での患者のリスク評価に関し、いままで個々に議論されていた成果と関連した血流変化をいくつか報告する目的もある。 生体内の血流を計測する技術で、最も一般的な非観血的な手法は、ドップラー超音波検査である。 過去50年間をカバーする体系的文献検索によって検索された88本の関連論文のうち、20本の研究が頸椎の回転に関連したVA血流の測定を報告している。これらのレポートの分析では、標準化されていない方法を使っていたことをで批判されている(異なる成分のサンプル、小さなサンプルサイズ、様々な測定位置や機器、椎骨動脈の異なる部分を使用する)。 そして頚椎回旋と血流とVBIとの間には関連性がないことが見つかった。それにもかかわらず、このレビューには手技療法の矯正における首を捻る動作中の血流の変化による、繰り返される微細な動脈損傷の重大性と、メカニズムの可能性に関する知識が含まれており価値がある。最重要なことは、矯正前におけるリスク評価の結果の計測の解釈には注意が必要である。
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このレビューでは、過去50年間の首の回旋と椎骨動脈の血流に関連する20の研究を見つけ出し、それらは同じ条件設定(標準化)で実験・検証されておらず、結果、首の回旋と椎骨動脈との関連があるとは言えないとしています。ただしこれは従来の研究のやり方が悪かったといっているだけで、関連性がないという訳ではないのです。
2000年代の最初の5年間くらいは、首の動きと血流変化に関する報告が多く見られました。内容が似ているので次に代表的な物として一つ掲載しておきます。
【椎骨動脈の血流に対する理学療法のスクリーニング実施要綱の効果を、ドップラー超音波を使って評価する】
【Doppler studies evaluating the effect of a physical therapy screening protocol on vertebral artery blood flow.】
著者;Arnold C1, Bourassa R, Langer T, Stoneham G 出典;Man Ther. 2004 Feb;9(1):13-21. 【概要】 一般的に、分離された頚椎のポジション検査は、潜在的な椎骨脳底不全(VBI)のスクリーニングのために使用されている。これらのポジションで椎骨動脈の血流を評価している研究には、動脈に進行性に発生している機械的ストレスの理論的根拠に正当性があるというには限りがある。 この研究の目的は、診療中に6つの首のポジションを使って、椎骨動脈の血流の測定をする事であった。包括的な頚椎の評価には、血管の病気の既往がない22名の男女(平均35歳)を採用された。椎骨動脈の最大収縮期(peak systolic /PS)と最大拡張期(end diastolic /ED)の血流量と抵抗率(resistive index /RI)は、複式カラードップラー検査(頚椎3~5をサンプルとして)で計測された。計測した頚椎のポジションは、正中位、回旋位、伸展位、回旋+伸展位、回旋+伸展+牽引の複合、deKelyn’s ポジション、頚椎1~2番への矯正手技のセットアップでの位置。 結果は、頚椎1~2番への矯正手技のセットアップ位の時に、反対側の動脈のPSとEDとで目立った減少が見られた。首を捻ったポジションでは、反対側の動脈のEDの減少が見られた。これらのことは、血流の変化に関して、年齢や性別、または頚椎の可動性の低下と関連性がなかった。頚椎矯正のセットアップ・ポジションは、最大拡張期の血流を完全に止めてしまうと論証されている、椎骨動脈の状態の34%に減少させるという最も大きな反応を持っている。 結論として、頚椎矯正のセットアップ・ポジションと首の捻った姿勢は、対側の椎骨動脈へ大きな機械的ストレスを生じる。これら2つのポジションは、血流が減少するという効果を狙って、VBIのリスクを鑑別するために有益なスクリーニング・ポジションとして使える可能性がある。 |
2004年に公表された、カナダ、サスカチュワン大学の理学療法士グループの研究です。
健康な22名の男女を被験者にして、首のポジションを7つ取り、各々の椎骨動脈の血流量、抵抗率をドプラー超音波を使用し計測しました。頚椎矯正のポジション(回旋と側屈)と首の回旋(捻った姿勢)が、ひねった方向と反対側の椎骨動脈の血流量が34%まで減少したと言う事が述べられています。
首の動きに対する血流の変化は以前より言われていて、首を曲げる・反らす動作はあまり影響がないとされています。一方、首をねじる動きでは血流は減少することがわかっていました。この報告でもその事を再確認する形になりました。この報告では、このポジションでは血流が減少することを逆手に取って、椎骨脳底動脈不全/虚血(VBI)のリスクがある人の鑑別テストにこのポジションを推奨しています。
椎骨動脈は首のポジションによって、血流量が変わるという事が判りました。しかしこの場合、血流が減少するのは片側ずつで、左右の椎骨動脈が2本同時に圧迫される事はありません。椎骨動脈は主に脳の後半部分の血液供給に役目があるのですが、椎骨動脈が問題ない状態であるならば、片方が血流減少してももう片方からの血液供給で脳の血流量は賄えます。したがって正常であるならば、このポジションをとっても特に問題は起きません。
頸椎矯正では、引っ張られる圧力は血管組織の損傷には問題ないレベルであるということは、前回の記事においてご報告しました。しかし、血管を圧迫する力が働き血管を狭め、血流量を減少させる作用があるようです。
頸椎矯正を行うとその後、違和感を見せることがあります。これを副作用とかリアクションといわれることがあります。これがこの血流の変化と関係するのかを考察します。
【カイロプラクティックの頚椎矯正操作の安全性;全国調査での前向き研究】
【Safety of chiropractic manipulation of the cervical spine: a prospective national survey.】
著者;Thiel HW, Bolton JE, Docherty S, Portlock JC. 出典;Spine (Phila Pa 1976). 2007 Oct 1;32(21):2375-8; discussion 2379. 【概要】 《目的》 《バックグラウンド・データの概要》 《方法》 《結果》 《結論》 |
2007年にspine誌上に掲載された、イギリス、ボーンマスのアングロ-ユーロピアン・カイロプラクティック大学、研究&プロフェッショナル開発学部での調査です。
この報告の中では50276回の頚椎矯正を行い、今までこのシリーズで扱ってきた椎骨脳底動脈血管障害などの重症例発生していません。19722人の患者様が28807回の治療相談(受診)をしたという事らしいので、1人あたり1~2回、来院されているという事になるようです。その中で50276回の頚椎矯正操作をしてるというので、1回の診察で1.7回首の矯正を行っている計算になります。
次に、1997年発表と古くなりますがこの論文も有名ですのでご紹介します。
【カイロプラクティック治療による副作用;前向き研究】
【Side effects of chiropractic treatment, a prospective study.】
著者;Leboeuf-Yde C, Hennius B, Rudberg E, Leufvenmark P, Thunman M. 出典;Journal of Manipulation and Physiological Therapeutics October 1997; 20(8): 511-5 【概要】 《目的》 《研究デザイン》 《設定》 《対象》 《介入》 《主要な結果の測定》 《結果》 《結論》 |
デンマークでの研究です。ここでは脊柱矯正後の違和感をリアクション(反応)とよんでいます。1858人の受診者の内、625人が対象となり、その中で頭痛が10%、疲労感が10%、吐き気・めまい・その他が5%を生じたようです。ほとんどのリアクションは当日か翌日に消失してしまい、また治療の初期段階で起こりやすいとされています。さらに女性の方が感受性が強いらしく報告が多いということも述べられています。この内容から、施術者は特に初回での施術は注意しなければいけないということが言えると思います。
頚椎矯正と副作用の関係
頚椎矯正後に違和感を訴える事があるという話題がのぼることがあります。実際の施術に際しては、首だけの矯正に終らず、その他の処置も行うことが一般的なので、本当に首の矯正だけのために、その違和感が引き起こされているかは議論の余地があります。しかしここでは、仮に首の矯正で違和感が引き起こされるという反応があるとするなら、それがどのような原因で起こるのか、前述の血流の変化が関係するのかを考えてみます。
1,頸椎矯正後に起こる違和感の原因を考える
頚椎矯正後に起こる違和感をまとめると
①僅かなめまい感やふらつき感
②頭痛
③上肢のしびれ感やうずき感
の発生を報告されています。これらの発生原因をそれぞれ考えてみると
①上肢のしびれ感やうずき感の原因で考えられるものは、
a;腕にいく神経の損傷・圧迫
b;頸部の筋のトリガーポイントからの放散痛
c;腕にいく血管の圧迫
②僅かなめまい感やふらつき感の原因で考えられるのは
a;自律神経の圧迫
b;頸動脈洞への刺激
c;血流障害
③頭痛を発生する原因は
a;頸部の筋の障害
b;後頭神経・血管の圧迫
このようになります。めまい・頭痛は、このシリーズ記事でも再三述べてきたように、椎骨動脈解離でも引き起こされますが、椎骨動脈解離自体の発生率が極めて低く、ここで討論しているのはもっと一般的に起こる副作用/反応としての頭痛の場合です。
今回のテーマである、椎骨動脈の血流変化と、頸椎矯正後に引き起こされる違和感とは関係があるのかということを考えてみます。
通常、一過性の虚血はすぐに回復します。矯正した後は、すぐに中間位に戻すため、椎骨動脈の血流が回復する為です。矯正直後にでるめまい感、ふらつき感は虚血によるものかもしれません。
頸動脈洞は血圧を察知する神経や、血液の化学成分を察知する神経がある場所で、刺激すると自律神経の反射を引き出しますが、頸動脈自体が頸椎の前方外側に位置しているため、一般的な首の矯正ではコンタクトする部分ではないので、矯正の副作用にはあまり関係しないと思われます。
つまり、虚血による症状はすぐに元に戻るものであり、それ以上続くものは神経作用、もしくは筋肉性の問題であるといえます。
神経的な問題の場合、バレリュー症候が考えられます。これは、交通事故のむち打ち損傷後に起こる不定愁訴の原因でよく挙げられる病名ですが、椎骨動脈周辺の交感神経の過敏性から血流調整が上手くいかず、めまい・ふらつき、耳鳴りなどが出ます。星状神経節へのブロック注射で改善するので、その注射で治ればこの病気であったと判断できます。
2,瞑眩(めんげん)との関係
従来、このような矯正の後の違和感の発生は、好転反応(瞑眩/めんげん)という概念で説明する人もいました。瞑眩とは東洋医学の考え方で、体内の毒素(化学的なものやエネルギー/気のような者を含め)が排出される際の一過性の反応のことを指します。
瞑眩には
①眠気、倦怠感などの弛緩作用
②発汗、頻尿、下痢、痒み、発熱、痛みなどの毒素の排出作用
などが挙げられます。
この様なものは生理学的な観点からすると、自律神経作用の影響が大きいと考えられます。
首の矯正時に出る違和感(ふらつき感、めまい感、頭痛など)はこの好転反応=自律神経の反応という説明もできますが、実際には瞑眩の発生メカニズムが解明されていないので、本当かどうかは分かりかねます。
3,頸椎矯正後に起こる副作用を避けるために
椎骨動脈の流れが急激に変わるとき、一番に留意しなければいけないのは、アテローム血栓を飛ばして梗塞を作ってしまわないかという懸念です。アテロームとは脂肪の塊のことで、血中コレステロールがマクロファージ(白血球の一種)が食べられた残骸が溜まったモノ(プラークという)を指します。動脈にプラークがこびりついていて、急激な血流の増減ににより引きはがされ、動脈の細い部分に詰まると脳梗塞となります。
リスク・ファクターとしては、動脈硬化症、糖尿病、高血圧、高脂血症などがあります。初回時の問診でこれを確認し、首の矯正をする場合は、除外する必要があります。
次に椎骨動脈の奇形や、椎骨動脈が骨の中を通る穴(横突孔)の変形による狭窄などで血管圧迫が起こる可能性があります。その鑑別として今回の記事の2番目にご紹介した論文にあるような、矯正のセットアップ・ポジションをテストとして使用するのが有効です。このポジションでめまい感、ふわふわ感、しびれ感など感じるようでしたら中止します。
頸椎矯正の現場では、このセットアップ・ポジションでしっかり一度、動きを止めて様子をみる、というのを行われていない場合が多くあります。例えば首のスラスト(ポキッと鳴る矯正手技)は仰向けで行われることが多いですが、その際、片手で矯正すべき椎骨のコンタクト・ポイントに接触し、もう片方の手で頭部を保持します。次に頭部を持ち上げたら、セットアップ・ポジションまで持って行き、その流れで一気に急圧を加えて骨を動かします(ポキッ)。
セットアップ・ポジションで一旦止めて、関節のロック感を感じるのが本来ですが、動きを止めてしまう、じっとそのポジションで待っていると、クライアント様が緊張して、首の筋肉が硬くなってきて矯正しづらくなるという理由で、一気に流してしまう施術者が多くいます。
わたしが以前、雇われでいた施術院では、ベット1台づつのカーテン仕切りがなく、待合の人から丸見えだったので、ベテラン施術者はパフォーマンス的にわざとその様な矯正を行っていました。途中で動きを止めてじっと待つのような動きは素人くさく、一気にサラサラッと流れる動きの方が玄人っぽく見栄えが良いためです。
しかし、慎重を期す場合には、しっかりと一動作つづ動きを止め、首の絞りを段階的に強度を上げるにつれ、変化・反応があるかを観察していく必要があります。それで筋肉が緊張して矯正を難しくしているなら、恐怖心があるので、無理にやる必要もないでしょう。
また、セットアップ時にコンタクトしているところが痛む場合、筋の炎症や、神経を押してしまっている可能性があるので、そのまま急圧をくわえると、炎症が強くなったり、神経症状が出たりして、術後の副作用・リアクションが出てくるでしょう。その場合、コンタクト・ポイントの修正や、矯正の仕方の変更を考慮する必要があります。
また、無理に圧を加えなくても、セットアップ・ポジションから元に戻す、再びセットアップ・ポジションにもってくる、を繰り返すだけで関節のモビリゼーションになるので、それだけで関節の制限を作っている回旋筋や横突間筋などのストレッチになり、可動性が上がることがあります。
基本的なことですが、それを怠らずキチンと行うことが副作用の防止に役立ちます。
最後に、生理学的な、または構造的な問題の他に、うつや精神的に過敏な人も、衝撃のある、もしくはイメージ的に衝撃を受けそうな手技に対して、術後、不調を訴えることがたまにあります。これは実際に神経も過敏になっていて違和感を発症しているのか、精神的なショックを受け違和感が出ているように錯覚しているのかは不明ですが、そのことを鑑別しておく必要もあります。
まとめ
全9回に及びカイロプラクティックの頚椎スラスト(急圧矯正手技)に対する安全性および危険性について、とくに近年、注目されている椎骨脳底動脈解離との関係を中心にシリーズ記事を掲載してきました。今回で、ほぼ当院から皆様にお伝えしたかった内容は終了しました。
偏見・風評など間違った情報に振り回されず、正しい知識を基にご自身で判断され、カイロプラクティックをより良い健康管理の一助にしていただけたら幸いです。
また、正しいカイロプラクティックの評価、地位向上に微力ながら貢献できる事を願っています。
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