椎骨脳底動脈解離と首の矯正(後編)

 

カイロプラクティックの安全性/危険性に関するシリーズ記事の第5弾、頚椎矯正と椎骨脳底動脈解離との関連性についての論証の第2弾になります。特にネガティブ意見に対してのご紹介を行っていきます。この記事は2016年初掲載したものに加筆・修正し、再録しました。

 

1、論文および記事のご紹介

まずは一般の方や、カイロ業界以外の同業他社から、カイロプラクティックを批判するネタとしてよく取り上げられるのが次の新聞記事です。それはニューヨーク・タイムズ2008年8月25日付けの記事です。これは研究論文ではありませんが、この記事を題材に持論を展開しているケースを見かけますので、全文をご紹介します。

 

 

【クレーム;首への手技は脳卒中に繋がる可能性があった】

The Claim: Manipulating Your Neck Could Lead to a Stroke

2008年8月25日付けNew York Times

著者;

【全文訳】

首への手技は、あなたの首の痛みを引き起こす原因から和らげる手助けになるとされている。しかし、数年前から神経内科医達は、カイロプラクティックの施術を受けたすぐ後で、脳卒中に苦しむ人々の奇妙なパターンに気づいた。それは明らかに首への矯正手技によるものであった。

彼らの仮説は次の通りである。カイロプラクターが頚椎矯正と名付けている、首を力強く捻りながら巻き込むテクニックは、首を通過して脳の後部へ血管供給している2本の主要な動脈へダメージを与える可能性がある。45歳未満で発生する脳卒中は稀であるが、これらの頚動脈の損傷は脳卒中の主要な原因となる。

さらなる研究も関連を示唆した。一つはスタンフォード大によるもので、177人の神経内科医を調査し、彼らはカイロプラクティックの診療後に脳卒中で苦しむ55人の患者を見つけた。もう一つのものは神経内科ジャーナル誌に公表されたもので、若年者の脳卒中患者では、脳卒中を起こす1週間以内に、首の矯正を受けた者のほうが対象群に比べ5倍近くいた、と述べている。このことは首の矯正手技を受けた45歳未満の人の内、10万人に1.3人に起ると推定されている。

しかし、他の研究では疑問を投げかけている。今年公表された論文の一つでは、首の後部の動脈損傷に関連した818の脳卒中の症例が調査された。カイロプラクターの施術を受けた若年患者は、脳卒中が起る以前より前々から首や頭の痛みの訴えがあったのではないか?それは先に述べたような脳卒中の症状だった可能性があるのではないか?彼らはもともと診断の付いていない動脈解離を患っていて、代替治療としてカイロプラクターを探し求めていたと考えられる。ここで提言したいことは、その痛みは脳卒中の切迫した状況であったのだということをハッキリと理解すべきである。

 

この記事でよく引用されるのは、「首の矯正を受けた者がそうでない者より5倍、脳卒中のリスクが高い」と言う部分です。この記事を使っているアンチ・カイロプラクティックの意見者は、この部分だけを取り出して話を進めているのがほとんどです。しかし全文を読めば一目両全、その導き出された数値はおかしいのではないか?という反対意見も同時に述べられています。明らかにカイロプラクティックに不利なイメージ作りをしようとする意図が感じられます。

椎骨動脈解離とカイロプラクティックの頚椎矯正の関連性の低さは、前回の記事で近年の論文をご紹介しているので、そちらをご覧下さい。昔からこのような関係性の有無が議論されていますが、それらを全て含めたエビデンス・レベルの高い論文によるシステマティック・レビューの論文が2016年に出ています。この記事内でも述べられているのは、矯正を受ける以前から動脈瘤の存在があった可能性です。

 

2014年に発表された、アメリカの心臓および脳卒中の学会・協会からの声明も、日本でカイロプラクティック批判を繰り広げる医師関係を中心に、批判の根拠として取り上げられました。この論文も話題になったので、ここでご紹介しておきます。

 

 

【頚動脈解離と頚椎矯正手技の関連:アメリカ心臓協会及びアメリカ脳卒中協会から医療専門家への声明】

Cervical arterial dissections and association with cervical manipulative therapy: a statement for healthcare professionals from the american heart association/american stroke association.

Stroke. 2014 Oct;45(10):3155-74. doi: 10.1161/STR.0000000000000016. Epub 2014 Aug 7

著者;Biller J, Sacco RL, Albuquerque FC, Demaerschalk BM, Fayad P, Long PH, Noorollah LD, Panagos PD, Schievink WI, Schwartz NE, Shuaib A, Thaler DE, Tirschwell DL; American Heart Association Stroke Council

【概要】

《目的》
頚動脈解離(CDs)は、若者や中年の成人における脳卒中の最も一般的な原因の一つである。この科学的声明の目的は、CDsの診断上及び管理上の根拠の現状をレビューすることにある。合わせて頚椎矯正治療(CMT)との統計学的な関連をレビューすることでもある。CMTのいくつかの形態では、高・低振幅の圧力がヘルスケアの専門家により頚椎に適応されている。

《方法》
記述者のメンバーは、アメリカ心臓協会の血管障害評議会の科学的声明文監視評議会と、アメリカ心臓協会の原稿監視委員会によって任命された。メンバーは彼らの専門領域に適切なトピックスにあてがわれた。そして各自に割り振られた文献・論文等をレビューした。それらは公表されているもので、臨床上の疫学的研究や、疾病率や死亡率の報告書、医療者向け及び公衆向けガイドライン、権威的声明、個人的資料、現行の根拠の要約と現在の知識とのギャップを指摘する専門家の意見などである。

《結果》
CDsを患う患者は、片側性頭痛、首の後方の痛み、主に動脈や動脈塞栓による脳や網膜虚血(一過性脳虚血または脳卒中)、頚動脈脳神経麻痺、眼交感神経麻痺、または拍動性の耳鳴りなどの症状が現れるであろう。CDsの診断は詳細な病歴、身体検査、および的を絞った補助的検査を頼りに行われる。些細な外傷の役割は議論の余地があるものの、機械的な圧力は椎骨動脈や内頸動脈の内膜の損傷につながり、CDsをもたらすことができる。障害のレベルは患者間では多様であり、多くが予後良好であるが、深刻な神経学的後遺症が発生する可能性もある。科学的根拠に基づいていないガイドラインが、CDsに対するベストな管理戦略として現状利用されている。抗血小板および抗凝血剤治療は、局所的な血栓および二次的な栓塞の予防のために使用される。症例対照研究や他の記事では、頚動脈解離とCMT間との疫学的な関連(特に椎骨動脈解離との)を示唆している。これらの患者の頚動脈解離の既存の認識の欠如によってそうなったのか、CMTに起因する外傷のためなのかはどうかは不明である。超音波、コンピュータ断層撮影血管造影、磁気共鳴血管造影法と磁気共鳴画像は、CDsの診断に有用である。フォローアップ神経画像は、優先的に非侵襲的な様式で行われるが、我々は単一のテストがゴールドスタンダードとして認められないという見解である。

《結論》
CDsは、若者や中年の患者における虚血性脳卒中の重要な原因となる。動脈解離は内頚動脈や椎骨動脈に関係して、上部頚椎に起きるのが一般的である。現在の生体力学的証拠は、CMTはがCDを起こすという主張を確立するには不十分であるが、臨床報告は、機械的な力はCDのかなりの数の役割を果たし、最も大規模な対象研究では、若い患者でのCMTとVAD血管障害との関連を発見したことを示唆している。以前にCMTを受けた患者の動脈解離に関連するCMTの発生率は充分に確定していないが(恐らくは低いと思われるが)、施術者は現時点での症状からCDの可能性を強く考慮するべきであり、患者自身は頚椎の矯正を受ける前に、CDとCMTとの統計学的関連性の認識を持つべきである。

 

フルテキストはこちら
https://www.ahajournals.org/doi/full/10.1161/STR.0000000000000016?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org&rfr_dat=cr_pub%3Dpubmed

動脈解離で起こる頭痛は、身体所見だけではひどい偏頭痛や緊張性頭痛との鑑別は難しいといわれています。今までは造影剤を入れてのMRIが一番有効と言われていましたが、血管にカテーテルを入れ、造影剤を流し込むという作業が必要なため、脳梗塞、血管損傷、腎機能障害、アレルギー症状などの合併症を引き起こす可能性が0.1~1%(100人~1000人に一人)あるとされています。

脳の血管の損傷を検査するのに、逆に血管の損傷を作っていたのでは堪ったものではありません。次回の記事でご紹介する論文内では、神経学者の見積もりでも、頚椎矯正の血管損傷リスクは多く見積もっても50万回に1回という割合が発表されていました。.前述の新聞記事では、45歳未満に限ると10万人に1人の発生と述べていました。これらの事実を考えてみてもカイロプラクティックの矯正は低リスクと言えるでしょう。

最近ではMRAという脳の血管を見るのに特化したMRIがでてきています。検査をするならそちらをお勧めします。

 

椎骨脳底動脈解離での症状で真っ先に挙げられるのは「頭痛」ですが、「めまい」も実は重要な兆候です。次は、そのことについて警鐘を鳴らす記事です。

 

【動脈解離の症状は見逃されやすい】

Symptoms of Torn Artery Are Easy to Miss

2014年1月6日付 New York Times 電子版

著者;JANE E. BRODY

《抜粋》

椎骨動脈の解離は、若年成人の脳梗塞の最も多い原因の一つである。初期の症状は頭痛や頸部痛であり、また何も感じないこともある。そのため誤診や、症状悪化で手遅れになることもある。

Johns Hopkins University School of Medicine の神経内科医の Rebecca F. Gottesman 医師と共著者による1,972人の患者を対象にした75の研究のレビューではふらつき、めまいが最も高頻度に訴えられた症状となっていた。めまいは同研究の患者の58%に見られており、頭痛(通常後頭部)は51%、頸部痛は46%だった。しかし患者のほぼ4分の1は診断時に頭痛や頸部痛を訴えていなかった。
ふらつき、頭痛、および頸部痛はきわめてありふれた症状だが、そのほとんどは椎骨動脈解離に関係しないものである。しかし、そのような症状が突然起こり、それらが尋常でないような場合、遅滞のない緊急の医学的注意が求められると Gottesman 医師はインタビューで答えている。

解離を起こしてからの最初の2~3週間が、最も脳梗塞を起こす危険な期間である。解離を起こした一部の人では、症状なく自然治癒する。解離を起こす原因は、スポーツ、事故、美容室での姿勢、ヨガなど日常的なことでの外傷や、カイロプラクティック手技での軽度の外傷、激しい咳・くしゃみなどで起るとされる。

カイロプラクティック手技の役割が議論されているが、それは患者が知らないまま既存の解離の症状となっている頸部痛にカイロプラクティック治療を求める可能性があるからでありそれ自体が原因というわけではない。「もし頸部痛がこれといった理由もなく突然起こったり、多少なりともいつもと違うようであれば、カイロプラクターのところに行く前に考え直すべきです」と Gottersman 医師は言う

また解離をなし得るはっきりとした外傷を訴えた患者は半数以下であり、Ehlers-Danlos 症候群や Marfan 症候群など解離のリスクが高まる結合組織疾患を持つ患者は8%以下であった。
その他の危険因子として、高血圧症、動脈壁に異常な細胞増殖を引き起こす fibromuscular disease(線維筋形成異常)、片頭痛、妊娠(妊娠は全身の結合組織を弛緩する)、および最近の呼吸器感染症などが挙げられる。

頭蓋内での解離がくも膜下出血に発展し、予後不良となる。造影剤を使用してのMRIが、椎骨動脈解離診断のゴールドスタンダードである。椎骨動脈の主要な危険は、血栓による脳梗塞で、数ヶ月に及ぶ抗凝固薬が必要となる。

この記事は、ニューヨークタイムス電子版の2014年1月6日付の記事から抜粋したものです。MrKのぼやきさんの記事の中に和訳が全部ありますので、その中からの引用させていただきました。文中にあるRebecca F. Gottesmanの論文はこちらの事のようです。

記事中に赤く強調したところは、当方で意図的につけた箇所です。前回ご紹介した論文の中でも言及されていた内容ですし、前回記事の考察部分でも、当院でも同様の考えである事を述べています。

繰り返しになりますが、すでに動脈解離状態の人がカイロプラクティックの元を訪れることにより、その後発覚した解離を、カイロプラクティックが作り出したという論法に仕立て上げられる事が起っているのです。

そしてその論理は、カイロプラクティックを攻撃したい同業他社や、偏った知識や思い込みで物事を批判したがる人々を喜ばせる格好の材料となります。

記事中にある「もし頸部痛がこれといった理由もなく突然起こったり、多少なりともいつもと違うようであれば、カイロプラクターのところに行く前に考え直すべきです」という意見にも、私は賛成します。

このようないつもと違う頭痛ということを専門用語で非定型的頭痛といいます。当然、いつもと違うので発生原因も違っているということです。頭痛持ちの人は、緊張性頭痛であろうが、偏頭痛であろうが、それがいつもの頭痛かどうかはわかります。突然の比較的強めの頭痛が襲ってきたら、それはいつもの頭痛と違うだろうと気づくのです。ただ、重症の偏頭痛持ち(発作で救急車でたまに運ばれるくらいのレベル)の場合、区別が付かない事もあります。

いつも突然、強い頭痛が起る人であれば、それは「いつもの頭痛」となるので、まあ、危険度は下がります(当然、事前に頭痛の検査のための医療機関での受診済みという前提ですが)。椎骨動脈の解離は、一人の人間の人生の中で一回くらい起る割合が、人口の1割くらいは存在しているということは、前回の記事の中で紹介させていただきました。ただ、大抵の場合、無症状で自然治癒してしまうと考えれえています。

 

2、当院から皆様へのお願い

椎骨動脈解離は比較的稀な疾患です。大抵の頭痛の患者様は、心配ないと思われます。ですが、施術者側の意見としては、「ひょっとしてコレ、動脈解離かな~?違うかな~?」などと悩みながら施術するくらいなら、最初から神経内科や脳神経外科での受診を済まされて、リスクをクリアにしてから施術を受けて頂いた方が、施術側、クライアント様側、双方にとって有益ではないかと思われます。

もし医療機関を受診した段階で治ってしまったら、それはそれでOKではないかと思います。それでも治らなかったら改めて、カイロプラクティックを利用してもよし、一回収まっても再び発症してしまうなら、今度はそこでご来院されれば良いでしょう。

椎骨動脈解離のために起っている頭痛は、動脈解離が治らなければ収まらないと思います(薬物で痛みを軽減する事はできるでしょうが)。頭痛改善でカイロプラクティックをご利用になり、筋肉の緊張を緩和する操作や、首の可動性を改善する操作を行ったにも関わらず、施術後も頭痛が変わらないといった場合、このような病気も考えられます。そこで「まだ痛いんですけど」と深追いを求めてくるクライアント様がよくいますが、それは危険です。首の可動性が増したり、筋肉の緊張の軽減が見られたのに、症状の改善が望めなかったということは、痛みの原因はそこでは無かったということを物語っています。そこでさらに首の可動性を増してやろうなどと、一か八かで「ポキッ」という矯正を加えると、あとで調べてみたら「椎骨動脈解離がありました」という自体に陥ってしまうとなるのです。

 

3、まとめ

今回は、論文だけでなく新聞記事を中心とした、どちらかと言うと頚椎矯正に警鐘をならす内容のものをご紹介しました。また、それに関連して、当院をご利用いただく前にクライアント様にして頂きたい事や、その理由も述べさせていただきました。何に対してもリスクというものは存在します。矯正にも可能性は低いですが、リスクは存在します。そのことは施術者は常に留意して業務に当たらなければいけないと考えています。

それならば、カイロプラクティックを批判する医療サイドにはリスクは無いのか?といったら、そんな事はありません。当たり前のように日常的に行われている注射や採血でさえ事故があります。次回はそのような話題との比較や、さらに具体的なカイロプラクティックの安全性/危険性に関する論文のご紹介を行ってきます。

 

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