額の温度で前頭葉の温度がわかるのか?(前編)
【今回の記事はブログ統合のため、他ブログより転載しました(初出2018年10月)。】
以前、カイロプラクティックのセミナーで「額の温度は大脳皮質の前頭葉の温度を反映しているので、左右を計り比べると脳の前頭葉の活動差がわかる」みたいなことを聞いたことがありました。
その時は、ホンマかいな?と思ってしまいました。他の受講生はキラキラ純真な心で素直に受け止めていましたが、天邪鬼な私は単純には信じません。そんな記述は今まで見たことないし、明確な根拠があるんかいな?(こーゆー参加者がいると、講師の人はやりづらいだろうな(笑))
ず~っと気になってたので調べてみました。
深部体温について
まず、脳内の温度ということは体内の深部温度を指すことになります。
体の表面に近い部分は温度が下がり、逆に体の深部に行くほど温度が高くなります。内臓や脳のある身体の深部は代謝が高く、熱が産生されるので温度が高く保たれるのです。一般的には体表近くは36℃くらいになりますが、深部では37℃くらいに保たれます。特に肝臓は熱をよく産生するので38℃近くなります。また、1日の中で体温は変動し、0.6~1℃以内で変化します。
身体の深部の温度を測ることは難しいので、体表面に流れる血液の温度を測ることになります。それが腋窩動脈温を反映している腋の下や、身体の内部に近い口内や、直腸、鼓膜になります。口内では舌下の末梢血管の温度を計っています。先に挙げた計測箇所で最も深部体温に近いのは直腸温なので、正確性を期すためにはここを使いますが、一般的ではありません。
最後に鼓膜温になりますが、ここは実は何を計っているかは明確ではありません。次にそのことについて解説していきます。
鼓膜温とは
鼓膜の温度が何の温度を反映していのでしょうか?
1つ考えられるのは蝸牛前庭器に鼓膜は隣接しているので、この中のリンパ液の温度を反映していると考えられます。
音を伝え察知する蝸牛器内には、膜に隔てられて内リンパと外リンパの二種類のリンパ液で満たされています。2つのリンパ液は成分が異なっており、外リンパ液は、蝸牛小管という小さい管が蝸牛器と頭蓋内とを連結し、頭蓋内の脳脊髄液が流入しているものと言われています。したがって脳脊髄液と似た成分をしています。内リンパ液は蝸牛外壁の骨膜内に網状に存在する毛細血管(血管条という)の辺縁細胞が産生し、細胞液と似た成分をしています。
つまり、鼓膜温はリンパ液の温度=脳脊髄液の温度を反映していると考えられます。ただし、鼓膜は前庭蝸牛器に直に付いている訳ではなく、鼓膜と前庭蝸牛器の間には鼓室という空間が開いていてツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨という3つの骨が連なって、それらを通してようやく鼓膜からの振動を前庭器に伝えることができます。前庭から伝えられた振動はリンパ液を振動させ、それを蝸牛器内の有毛細胞が察知し、音を情報として脳に伝えます。鼓室からは鼻にかけて管(耳管)が開いていて、鼓室・耳管を合わせて中耳といいます。耳管の血管支配は外頚動脈からなので、中耳の温度は外頚動脈血の温度を反映しているともいえます。
もう1つより有力な説があり、それは内頚動脈からの血液温を反映しているのではないかという考えです。鼓膜のすぐ下には内頚動脈が走っているため、この動脈血の温度を測っているのではないかと推測されます。内頚動脈は脳底(視床下部領域)に達しているので、脳の温度に近いのではないかという訳ですね。
そもそも前頭部のどこを測るか?
脳の温度を測るためには、深部体温といえども脳に近い部分を計ったほうが合理的で、血管のない皮膚面を計測しても皮膚温自体は外気の温度によって大きく変動しやすいので正確性で言えばあまり有効とはいえません。したがって闇雲に額の温度を測るより、より脳温を反映しているだろうと思われるポイントに絞って計測する必要があります。
頭蓋骨内は閉ざされた空間であり、そのままであれば熱が上がりすぎるイメージがあります。実際にはそのようにならないために、頭蓋骨内の静脈は頭蓋骨の骨内部の静脈(板間静脈)と連結していて、それが導出静脈として頭皮の側頭静脈と連結し、血流を頭蓋の外に出すことで放熱させます。また同様の役目を持つ構造として、目頭のそばにある眼角静脈が脳内静脈に流入しいています。このような構造を選択的脳冷却機構(SBC)といいます。このため闇雲に額の温度を測ればいいやとやってしまうと、静脈血の温度を測ってしまい低い温度が計測されてしまうことになり兼ねません。
そこで前頭部で脳温を反映しているのではないかと注目されている部分が2つあります。
①こめかみ部分(側頭動脈)k
②Brain Temperature Tunnel
次にこれらをそれぞれご紹介したいきます。
側頭動脈
出典;wikipedia
図のSuperficial temporal arteryというのが側頭動脈です。外頚動脈から分岐しています。耳の前からこめかみにかけて手で触れます。また、拍動しているのが観察できます。目頭あたりから出てくる眼動脈の分枝である眼窩上動脈と合流します。
この側頭動脈の温度が深部体温を反映していると考えられています。最近では赤外線で皮膚に接触させずに温度を測る体温計が多数出回っていますが、そのような体温計が計測する部位として推奨しているのが「こめかみ」部であり、ちょうど側頭動脈の部分になります。
Brain Temperature Tunnel
直訳すると「脳の温度のトンネル」と言うことになります。2003年にアメリカのイェール大の研究者M. Marc Abreu博士が発見したと報告されました。目頭と鼻の間の部分で、ここが脳温を反映しているとしています。
この部位は動脈・静脈が多く走行し、皮膚下に脂肪が存在しないことから脳の温度を表皮に伝えているとしています。
しかし、この研究はpubmedなどで検索しても出てこないし、他に追試している研究も余りありません。唯一この報告書が見つかりました。
Reference breast temperature: proposal of an equation
ここでは、乳房の基準温度を確定する目的でサーモグラフィーを使い、比較対象として深部体温を反映しているとされる目頭の皮膚温を同時に測ったとのことです。Brain Temperature Tunnelがどの辺なのか図が出てますので、そちらで確認してみてください(著作権の関係で図は載せられないので)。
頭部の各測定部位の信頼度は?
実際、各々の部位は深部体温を反映しているのか調べた研究は多数存在します。これらを年代順に列挙します。これらでは特に脳温の計測を目的としている訳ではありませんが、深部体温を計測するために使われるポイントが正確に深部温度を反映しているかを知るためには重要な情報となります。
【The relationship between directly measured human cerebral and tympanic temperatures during changes in brain temperatures.】Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1994;69(6):545-9.
脳出血の患者の開頭手術の際、患者の同意の下、直腸、食道、中脳、鼓膜の温度を計測。この中で鼓膜温が一番中脳の温度を反映していたということが分りました。
【Normal oral, rectal, tympanic and axillary body temperature in adult men and women: a systematic literature review.】Scand J Caring Sci. 2002 Jun;16(2):122-8.
正常な成人男女の口内、鼓膜、直腸、腋窩の温度を調べるため、データベースの1935年から1999年までの研究文献の体系レビューを実施。強い根拠として認められる測定値は、口内温度の範囲では33.2~38.2℃、直腸温が34.4~37.8℃、鼓膜温が35.4~37.8℃、腋窩温が35.5~37.0℃という測定値の範囲であった。男女差の比較では、口内温で男35.7~37.7 vs女33.2~38.1 °C、直腸温では男36.7~37.5 vs女36.8~37.1 °C、鼓膜温では男35.5~37.5 vs女35.7~37.5 °C. となりました。
【A systematic review of the accuracy of peripheral thermometry in estimating core temperatures among febrile critically ill patients.】Crit Care Resusc. 2011 Sep;13(3):194-9.
発熱を伴う重症成人患者の肺動脈カテーテルから深部体温の測定と、赤外線による鼓膜温計測と、直腸温または口内温の測定を比較した3つの論文のレビューにより、口内温と鼓膜温は深部体温を正確に反映していると結論付けています。
【Comparison of temporal artery, nasopharyngeal, and axillary temperature measurement during anesthesia in children.】J Clin Anesth. 2012 Dec;24(8):647-51. doi: 10.1016/j.jclinane.2012.05.003.
手術をした60人の小児を対象に、麻酔中に手術開始から15分、30分、45分、60分、90分、120分の時点で側頭動脈、鼻咽頭、腋窩の温度を計測し比較しました。側頭動脈と鼻咽頭の温度は差がなく相関関係があったが、腋窩の温度は低く計測され、相関関係が低かっということです。
【Accuracy of peripheral thermometers for estimating temperature: a systematic review and meta-analysis.】Ann Intern Med. 2015 Nov 17;163(10):768-77. doi: 10.7326/M15-1150.
2015年7月までの各データベースに登録されている研究報告を用い、成人と子供の肺動脈カテーテル、膀胱、食道、直腸などによる深部体温計測と比べ、鼓膜、側頭動脈、腋窩、経口などの末梢温度計の計測値の精度を分析してみたそうです。8682例を含む75本の研究があり、これらの研究から深部体温に比べ、末梢体温計は精度が悪く、特に発熱患者の誤差(±0.5℃)があるという結論が導かれました。
【Temperature measurements with a temporal scanner: systematic review and meta-analysis】BMJ Open. 2016 Mar 31;6(3):e009509. doi: 10.1136/bmjopen-2015-009509.
こちらの研究では側頭動脈計の精度を検証した系統的レビューとメタ分析です。健常者と発熱患者が含まれた5026人を対象とした37本の報告により分析されました。結果は直腸温や膀胱温の測定に比べ、深部体温を測るのには正確性が低いということが分ったそうです。しかし鼓膜温度計も同様の精度であったとあります。
【Equivalence Study of Two Temperature-Measurement Methods in Febrile Adult Patients With Cancer.】Oncol Nurs Forum. 2017 Mar 1;44(2):E82-E87. doi: 10.1188/17.ONF.E82-E87.
発熱性好中球減少症の成人がん入院患者58名を対象に、口内と側頭動脈との検温は同じような評価ができるか調べてみました。3名の看護師により繰り返し測定を行ったが、側頭動脈の計測値は検者間のバラツキが大きく正確性に欠いたという結果だったということです。
こうしてみて見ると、傾向としては近年の研究では側頭動脈や鼓膜の温度の計測精度を疑問視されるものが増えてきているようです。
まとめ
今回は、額や頭部の温度を測ることにより脳の温度・状態を知ることができるのか、というお題について解剖学的な観点から解説してきました。次回は後編として、温度計の精度的な部分と実際の計測について検討していきたいと思います。
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編集後記
とても残念です。。。