額の温度で前頭葉の温度がわかるのか?(後編)

【今回の記事はブログ統合のため、他ブログより転載しました(初出2018年11月)。】

 

 

前回に引き続き、額や頭部の温度を計測することは脳の温度や状態を把握することができるのか、というお題の検討をしていきます。今回は実際に測る際の問題点を考えていきたいと思います。計測する時の状況・環境で数値が変わってくるので注意する必要があります。

 

計測機器の精度の問題

頭部の測定箇所自体が深部温をちゃんと反映しているのだろうかという疑問点がある一方、測定する機器の精度自体の信頼度にも疑問点が存在します。

 

側頭動脈計

側頭動脈の温度を計測するやり方は2通りあります。一部の医療機関で使用されているのが側頭部に直接パッチ状のセンサーを貼り付けるタイプのもの。一般的なのは赤外線を使って接触せずに計測するタイプのものです。

赤外線タイプのもは1~2秒で計測でき簡便ですが、後述するように正確性に難があります。工業用などで使われている赤外線温度計の転用のようですが、医療用の温度計があります。

鼓膜温計

鼓膜温度計も赤外線による計測です。各メーカーから多数でています。

鼓膜に達するまでの耳の穴(外耳道)は湾曲しており、上手く測らないと外耳道の温度を測っていたということにもなり兼ねません。また、鼓膜自体も一様な温度でなく、場所によって温度差があります。赤外線は点での計測なので、上手く狙ったところに当てないと正当な温度が測れません。

 

それぞれの体温計の比較

実際には赤外線を使用した体温計の計測は難しく、一般消費者から正確性の疑問視やクレームが多発していました。特に当時出回りだした鼓膜温度計については、1998年に公的機関である国民生活センターから“注意!高めに 出る傾向にある耳式体温計”との報告がおこなわれ、これが雑誌や新聞に取り上げられ話題になりました。

現在でも同様の意見は相変わらず出されるようで、2014年産経新聞でも同様の記事が掲載されています。

エフ・シー・ジー総合研究所 「体温計 タイプによって検温結果に違いあり」

 

 

頭部の温度を測る際に注意すること

体温計自体のもともとの精度の他に、体温計を使う環境でも体温計の精度を狂わせる要因になります。一般的な非接触型赤外線体温計の注意点である、室内温度に機体を慣らすこと、計測部位に髪の毛や汗など異物がないことなど、体温計機器本体に影響を与える要因のほかにも脳温自体に影響を与える要因があります。

 

飲食による咽頭からの影響、鼻の状態による影響

磁気共鳴スペクトル分析による脳温測定では、冷水を飲んだ時に脳温が0.5℃下がり、数十分かかり元に戻ったという現象が観察されています。口腔内の血管が冷たいものを飲んだ時に冷やされ、その血流が脳へ循環したためと推測されています。逆に熱いもの食した場合も脳温に変化が出る可能性があります。

口腔や鼻腔は脳腔に近く、脳温調節の役目があるとされます。特に鼻腔の上部は篩板という厚さ数ミリ程度の薄い骨で隔てられているだけになるので、鼻腔の上部の鼻粘膜の状態が脳温に影響を及ぼすと考えられています。この粘膜の静脈血流が血温の冷却に一役たっているのです。したがって鼻腔内部の炎症などを起こすと脳温が上昇してしまう可能性があります。

同様に副鼻腔炎も悪影響を及ぼします。特に蝶形骨は目の奥に位置していてそこに開いている蝶形骨洞は、脳の奥の底部にある下垂体に隣接していることから特に重要と考えられています。それは何故かというと、下垂体の上部には視床下部があり、視床下部は交感神経・副交感神経両方を総合的に指揮している中枢であるので、この視床下部周辺の血温を脳温(深部体温)の基準ととらえる場合が多いためです。

赤いところが脳下垂体 出展;wikipedia

したがって、脳温を計測する場合、飲食直後でないか、副鼻腔炎や鼻づまりのような疾患にかかっていないかも考慮する必要があります。

 

姿勢による鼓膜温への影響

姿勢によっても深部体温・鼓膜温が変化することが各種研究で報告されています。重力による前庭器への影響や、体にかかる圧力情報による末梢血管への影響のためと考えられています。

 

Upright posture reduces thermogenesis and augments core hypothermiaAnesth Analg. 2002 Jun;94(6):1646-51, table of contents.

立位になると深部体温が下がった報告。

 

科学研究費助成事業データベース内にも2つ報告を見つけました。

仰向け時の頭の位置(水平、頭が6°上がった位置、頭が6°下がった位置)により深部体温が変化した

座位で頭を横に傾けたり、横向きで寝たり、仰向けで寝て頭部を捻ったりした時、床側になる鼓膜の温度は上がり、天井側の鼓膜温は下がった

 

発熱があるないなどの大まかな体温を測る場合なら問題ないかも知れませんが、微細な左右差の温度を測る場合は、鼓膜温を計測する時に毎回同じ姿勢にしないと比べることができなくなってしまいますので、注意が必要です。

例えば鼓膜温を測る直前に右横向きに寝ていて、そこから鼓膜温の左右差を測ろうとしても、直前の横向きの影響で右の鼓膜温が高くなっている可能性があります。それを見て右脳が興奮している!と判断してもナンセンスです。

 

当院での活用の仕方

私たちが特別な機械を使わずに脳温を測ろうとした場合、今までの情報を総合すると次のようになります。

①報告によって側頭動脈、鼓膜温の確実性・精度に関して有効とするものや不正確・不確実とするものがあるなど、まちまちであり一貫していない。

②計測直前の体のポジションや、状況(飲食の有無、鼻づまりがあるかのど)により左右される。

③一般市販用の非接触型赤外線体温計の精度・再現性の問題

鼓膜温の計測は各報告により深部体温を測るためには有効であるとするものが多いですが、上記のように我々が手にするような一般市販の耳式体温計では確実性に難があるため必ずしも有効かどうか言えません。

これらのことから結論として当院では、脳の状態を把握するのに頭部の温度の計測を重視していません。元々のお題としては脳の温度の左右差が、脳の状態・活動状況の左右差を反映しているとのではなかろうかというものでしたが、体のポジショングや機械の精度など不確定要素が多すぎるな~という印象です。

ですので、補助的な参考資料として測ることがあるという程度です。当院で実際計測する場合は、側頭動脈と、念のためBTT(目頭の内側) の2ヶ所か、BTTの代りに鼓膜の使用し、それぞれ2~3回交互に計測し、平均値を使用します。したがって全部で8回~12回温度を計測するので、面倒なのであまりやらないという訳です。

側頭動脈の測り方

当院で使用している側頭部の温度計はコレ。エジソンの体温計 Pro

 

やり方は、こめかみ部分の側頭動脈を探します。指3本くらいで広く触れると、拍動している部分があるのですぐわかります。計測部位に髪の毛があると計測が不正確になるので、そのまま髪の毛の生え際が過ぎるところまで拍動をたどっていき、そこで計測します。2~3cm離して計測しなければいけないので、指2本分を目安にするとわかりやすいです。

 

鼓膜温の測り方

当院で使用している耳式の温度計はコレ。オムロン 耳式体温計 MC-510

 

端子にカバーをつけ、耳の穴に挿入します。説明書では計測する際、端子を動かし鼓膜内の高温域を探すことをしなければいけないとありますが、たいていの場合挿入した瞬間に計測終了の信号音がなります。

 

登院で実際に測ってみると

当院では統計を取っているわけではありませんので正確な数値はわかりかねますが、概略では平均して側頭部、BTTが腋窩(脇の下)の0.6℃くらい高くでます。鼓膜は腋窩と同じか低く出る傾向があります。機械の精度的な問題だと思われます。例えば、平熱36℃が腋窩で計測される人は、側頭部や目頭部で36.6℃前後が出ることが多いです。鼓膜では36.0℃以下で出ることが多く、繰り返すたびに温度が下がっていく傾向にあります。あまり当てになりません。

 

結論

脳の活動の左右差を温度計を通して測ろうとした場合、fMRI(脳の血流をみるためのMRI) などの特殊な機械を使わず一般的な計器で計ろうとするらば、あまり満足いく結果が得られないと思われます。なぜなら、不確定要素が多すぎるからです。赤外線温度計ももっと高価な機器なら精度が高いのかも知れませんが、そこまで投資する必然性がありません。

一般的な赤外線温度計はアマゾンなどの販売サイトのレビューを読んでみても正確性を疑問視する評価が多く挙がっています。当院でも一応参考までに測ったりしますが、結局はその他の機能検査で反応を拾ってって総合的に判断していくことになります。

検査手技にはそれぞれ感度、特異度、尤度比(ゆうどひ)など検査精度を表す指標があるので、それらを考えながら検査をしたり、結果を考えたりすることが大事だな~と思います。

では、今回はこの辺で。

 

 

 

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